放送人権委員会
委員会決定
第36号
高裁判決報道の公平・公正問題
* 申立人 「戦争と女性への暴力」日本ネットワーク
共同代表 西野 留美子氏、共同代表 東海林路得子氏
* 放送局 NHK
* 決定日 2008年6月10日
* 決定 放送倫理違反
* 目次
o 申立てに至る経緯
o 申立人らの申立ての要旨
o 被申立人の答弁の要旨
o 委員会の判断
審理経過 当該局の対応
Ⅰ. 申立てに至る経緯
苦情の対象となった放送番組
NHK制作の報道番組「ニュースウオッチ9」
2007年1月29日
NHK総合テレビ 午後9時00分 ~
放送内容と申立てに至る経緯
2001年にNHKが、教育テレビで放送した「戦争をどう裁くか」というシリーズの番組をめぐって、取材を受けた民間の団体「戦争と女性への暴力」日本ネットワークが「事前の説明と異なる不本意な番組を放送された」として訴えていた裁判で、NHKは、2007年1月29 日、東京高等裁判所でなされた判決について、その概要やこれに関連する事項について、次のとおり放送した。
「東京高等裁判所の南敏文裁判長は『番組編集の自由は、憲法上、尊重すべき権利で、不当に制限されてはならないが、今回の番組は、取材を受けた団体への事前の説明とかけ離れたものになって、期待と信頼に反した。放送前に十分な説明もしていなかった』と指摘しました。そして『NHKの当時の幹部が、国会議員から一般論として公正・中立にと言われたことなどを、必要以上に重く受け止め、その考えを推し量って、番組を編集し直すよう指示したもので、編集権を乱用した責任は重い』と判断し、NHKに 200万円の賠償を命じました。」と判決内容を紹介したあと、「判決についてNHKは『不当な判決であり、直ちに上告した。判決は、番組編集の自由を極度に制約するもので、到底受け入れられない』としています。」と被申立人自身の見解を紹介し、「今日の判決の中で、東京高等裁判所は、この番組をめぐって、朝日新聞が政治家の圧力で改変されたと報道したことについて、『国会議員が具体的に番組に介入したとは認められない』と述べました。」とのコメントの後に、朝日新聞で被申立人に圧力をかけたと指摘された本人である安倍晋三内閣総理大臣と中川昭一政務調査会長(いずれも本件放送当時。以下同じ。)の、政治的圧力をかけた事実はなかったことがはっきりした旨のコメントを放送した。
この放送に対して、申立人らは、「上記ニュース内容は『当事者としての NHKの言い分』と『報道機関としての報道』を峻別せずに報道している。このことは、公平原則に照らして到底許されるものではない。また、公平原則を逸脱した部分は、正確な報道を行うという放送倫理にも違反している」として2007年4月、被申立人に対して抗議・要求書を送付し訂正放送と謝罪を求めた。
これに対し被申立人は、「この報道は、前半部分で、当日の判決の内容とNHKのコメントを伝えた上で、後半部分で、この判決に関連して一昨年1月の朝日新聞の記事をめぐる朝日新聞社と自民党との問題について、安倍氏と中川氏のコメントを交えて伝えたもので、何ら問題はないと考える」と反論し、訂正放送・謝罪には応じられない旨回答した。
その後、双方の直接の交渉はなされないまま、2008年1月、申立人らから本委員会に対して「申立書」が提出され、本委員会は、2月の委員会で審理入りを決定した。
なお、政治家の介入があったか否かの点に関する高裁判決の内容は、次のとおりである。
「一審原告らは、政治家等が本件番組に対して直接指示をし介入したと主張するが、上記面談の際、政治家が一般論として述べた以上に本件番組に関して具体的な話や示唆をしたことまでは、証人松尾及び証人野島の各証言によってもこれを認めるに足りず、他に認めるに足りる証拠はない。」
(注:証人松尾・・・ NHK 放送総局長 松尾 武 氏)
(注:証人野島・・・NHK 総合企画室担当局長 野島直樹 氏)
(いずれも2001年当時)
Ⅱ. 申立人らの申立ての要旨
1. 申立ての理由
1. 公平・公正な取扱いを欠いたことによる放送倫理違反
控訴審判決について「政治家の介入」が認められなかったという一方的な解釈を報道したうえ、対象である政治家の一方的なコメントのみを報道したことは公平原則に違反する。また、「当事者としてのNHKの言い分」が客観的な報道であるかのように報道して、ほかの見解を全く報道しないことは、公平原則に照らして、許されるものではない。
被申立人は、自らが当事者でありながら「判決についてNHKは『不当な判決であり、直ちに上告した。判決は、番組編集の自由を極度に制約するもので、到底受け入れられない』としています。」と自らの見解を紹介し、さらに、アナウンサーに「今日の判決の中で、東京高等裁判所は、この問題をめぐって朝日新聞が『政治家の圧力で改編された』と報道したことについて『国会議員が具体的に介入したとは認められない』と述べました。」と説明させたが、控訴審判決では「朝日新聞が政治家の圧力で改編されたと報道したことについて」など一切記載をしていないし、国会議員の具体的な番組介入について認められないとは判断していないのであり、事実を正確に伝えていない。
被申立人は、自らの「国内番組基準」において、「ニュースは、事実を客観的に取り扱い、ゆがめたり、隠したり、また、せん動的な表現はしない。」(第2章第5項第2号)と表明し、「新放送ガイドライン」においては、「NHKのニュースや番組は正確でなければならない」(3頁)と表明しているが、本件放送の後半部分は、公平原則を逸脱し、正確な報道を行うという放送倫理にも違反している。
2. 本件放送によって被った耐え難い不利益
訴訟当事者である被申立人が、自らの一方的な主張をあたかも客観的な事実であるかのように放送したため、申立人らの構成員及び市民は、判決について記載してある内容を客観的に理解することが著しく困難となった。本件訴訟の結果までもが、ゆがめられた形で報道され、そのような印象を市民が抱いたことは、申立人らにとって耐え難い不利益である。
2. 被申立人への要求(救済措置)
以上の理由から、申立人らは、次の3点にわたる救済を求める。
(1) 控訴審判決の内容を正確かつ公平に報道しなかったことに関するNHK会長名による謝罪文
(2) 本件番組と同一時間帯での謝罪文の放送
(3) 控訴審判決の意義について正確に伝え、NHKとして真摯に反省する番組の制作と放送
Ⅲ. 被申立人の答弁の要旨
1. 申立てへの反論
1. 本件放送は公平・公正を欠いた放送には該当しない
控訴審判決のうち、「政治家等が本件番組に対して直接指示をし介入したのか否か」について述べられた部分は、
(1) 「認めるに足りる証拠はない」という表現から直ちに、申立人らが主張するように、裁判所は「具体的な話や示唆をしたことが真実であったかどうかは別として、証拠上はそこまで認められないということを意味する」という趣旨を述べたのだ、と解することには無理がある
(2) 控訴審の審理において、申立人らが証人として申請した野島、松尾両氏が番組の編集過程などについて証言を行っている。裁判所でも証言内容の確認が行われている。
(3) 申立人らは判決の重要部分「証人松尾及び証人野島の各証言によってもこれを認めるに足りず」を省略し、自らに都合のよい解釈を導いている。
以上の3点を踏まえ、判決文を読めば裁判所が「政治家等が・・・直接指示をし介入した」という事実の存在を否定していることは明らかである。
判決について報じる場合は、裁判所による客観的な判断であるから、原告や被告の言い分を付さずとも基本的に公平の観点で問題は生じない。
テレビの特性から当初当事者双方のコメントを含めて報じた二ユースが、後の時間帯では一方ないし双方のコメントが省略されたり、関連ニュースが加わったりすることは通常行われる。本件に関しては朝日新聞の報道内容についても重大な社会的関心の対象となっていたから、この問題の当事者である政治家二人の談話が入ってくれば、その映像を使用した構成に変更することは報道機関として当然である。
申立人らの公平・公正の主張は、報道の自由の領域において「正しい報道」のようなものを設定しようとするものであり、被申立人が政治家から圧力を受けて番組内容を変更したと主張しつつ、自ら被申立人に一定の考え方に基づいた表現を押しつけようとするものであり、認められない。
また、本件放送の後半部分におけるアナウンサーの説明および朝日新聞で被申立人に圧力をかけたと指摘された本人である安倍、中川両氏のコメントの放送についても、申立人らは、本件放送が控訴審で朝日新聞の報道内容の是非についても審理されたような誤解を与えたとし、公平・公正を欠く放送であったことの根拠としているが、本件訴訟に関しては朝日新聞の報道の内容についても重大な社会的関心の対象であったものであり、裁判所の判断と朝日新聞の記事のつながりが分かるように説明し、両氏のコメントを放送したもので、誤解を与えるようなものではない。
2. 本件放送によって被った不利益について十分な説明がない
申立人の述べる「判決に記載されている内容を客観的に理解することが著しく困難となった」ことが「耐え難い不利益」であるとの主張は、何ら具体的説明がないし、実質的にも形式的にも不十分である。
2. 申立人らの要求(救済措置)について
本件放送が公平・公正な取扱いを欠いた放送であるとする申立人らの主張には理由がなく、放送倫理に違反するようなものでないことは明白である。したがって、要求は受け入れられない。
IV. 委員会の判断
本件事案は、被申立人の報道番組「ニュースウオッチ9」(以下「本件番組」という。)において、申立人らと被申立人らの間で争われている訴訟の控訴審において東京高等裁判所が下した判決の内容を紹介した2007年1月29日の放送(以下「本件放送」という。)について、申立人らが、被申立人の公平・公正を欠いた放送により著しい不利益を被ったとして、放送倫理違反を主張し、被申立人に対し謝罪と訂正放送を求めているものである。
本委員会は、申立人らの申立書、被申立人の答弁書、答弁書に対する反論書、反論書に対する追加答弁書、ならびに双方から提出された追加補充資料を検討するとともに、被申立人から提出された本件放送の録画を視聴し、また、双方から意見を聴取したうえで、慎重に審議した結果、以下のとおり、判断する。
1. 放送における公平・公正に関する倫理規範の構造
放送法第3条の2〔国内放送の放送番組の編集等〕は、第1項において、「放送事業者は、国内放送の放送番組の編集に当たっては、次の各号の定めるところによらなければならない。」とし、その第2号および第4号において、放送における公平・公正について次のように定めている。すなわち、
「2 政治的に公平であること。」
「4 意見が対立している問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにすること。」
放送法におけるこれらの規定の意味について、放送法の全体的な枠組みと趣旨を踏まえて解釈する必要があるが、憲法第21条が表現の自由を保障したのをうけて、放送法第1条が、「放送が国民に最大限に普及されて、その効用をもたらすことを保障すること」(第1号)、「放送の不偏不党、真実及び自律を保障することによって、放送による表現の自由を確保すること」(第2号)、「放送に携わる者の職責を明らかにすることによって、放送が健全な民主主義の発達に資するようにすること」(第3号)という三つの原則に従って、放送を公共の福祉に適合するように規律し、その健全な発達を図ることを法の目的とすると規定し、この三つの原則を具体化した第3条が、〔放送番組編集の自由〕として、「放送番組は、法律に定める権限に基づく場合でなければ、何人からも干渉され、又は規律されることがない。」と規定しているところから、法第3条の2による放送事業者に対する「政治的公平」および「論点の多角的解明」の義務づけについては、倫理的規定と解するのが通説的見解となっている。法第3条の2に違反した場合の法的制裁が規定されていないことも、それが倫理的義務規定であることを示しているとみてよい。
そして、日本民間放送連盟と日本放送協会が定めた「放送倫理基本綱領」が、「放送は、意見の分かれている問題については、できる限り多くの角度から論点を明らかにし、公正を保持しなければならない」、「報道は、事実を客観的かつ正確、公平に伝え、真実に迫るために最善の努力を傾けなければならない。」としている。
民間放送連盟が定めた「報道指針」が、「われわれは取材・報道における正確さ、公正さを追求する。」としたうえで、「公平な報道は、報道活動に従事する放送人が常に公平を意識し、努力することによってしか達成できない。取材・報道対象の選択から伝え方まで、できるだけ多様な意見を考慮し、多角的な報道を心掛ける。」としているのも、放送法第3条の2が倫理的義務規定であることをふまえ、民間放送各放送事業者が自主的に従うべき倫理規範をうたったものである。そして、それらの倫理規範の制定をうけて、各放送事業者もそれぞれ自らの倫理規範を成文化し、その一環として拠るべき公平・公正に関する基準を明らかにしてきているのは、周知のところである。
一方、被申立人である日本放送協会においても、放送事業者として自ら準拠すべき倫理規範と公平・公正に関する基準を次のように成文化している。すなわち、被申立人は、「国内番組基準」の第1章第5項「論争・裁判」の第1号において、「意見が対立している公共の問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにし、公平に取り扱う。」と定めるとともに、「新放送ガイドライン」においても、「2 取材・制作の基本的な姿勢」の②公平・公正の項において「意見が対立する問題を取り扱う場合には、原則として個々のニュースや番組の中で双方の意見を伝える。仮に双方の意見を紹介できないときでも、異なる意見があることを伝え、同一のシリーズ内または一定の期間内に紹介するようにする。」としていると同時に、「意見が対立して裁判や論争になっている問題については、できるだけ多角的に問題点を明らかにするとともに、それぞれの立場を公平・公正に扱う。」(3頁)ことを明らかにしている。以上の定めは、被申立人自身が自らに課した放送における公平・公正に関する倫理的義務規範といえる。
そして、以上のような放送倫理に関する規範の体系をうけて、放送倫理・番組向上機構(BPO)規約第3条が、「本機構は、放送事業の公共性と社会的影響の重大性に鑑み、言論と表現の自由を確保しつつ、視聴者の基本的人権を擁護するため、放送への苦情や放送倫理上の問題に対し、自主的に、独立した第三者の立場から迅速・的確に対応し、正確な放送と放送倫理の高揚に寄与することを目的とする。」とうたい、それをうけて、本委員会(BRC)が、運営規則第5条第 1項第2号において、「公平・公正を欠いた放送により著しい不利益を被った者からの書面による申立てがあった場合は、委員会の判断で取り扱うことができる。」と規定したのも、放送倫理の一環としての放送における公平・公正を自主・自律的に確保し、達成しようとする努力を表明したものである。
すなわち、放送における人権等権利の侵害の救済や公平・公正を含む放送倫理の向上のための第三者機関としてのBPOやBRCの関与は、各放送事業者が、放送における言論・表現の自由を確保しつつ、視聴者の基本的人権を擁護するために、放送が引き起こした問題を自主的・自律的に解決するための仕組みの一環であって、各放送事業者の自主的・自律的な解決への取り組みを支援するためのものにほかならない。
本件事案は、放送事業者が自ら掲げた一連の放送倫理規範の一環としての放送における公平・公正を問うものであり、本委員会は、上記のような放送倫理に関する諸規範の構造をふまえて、本件放送が公平・公正に欠け、放送倫理違反を構成するものであったか否かについて審理、判断することとする。
2. 本件放送が公平・公正と正確さを欠き、放送倫理に違反するかについて
(1) 本件放送の内容および本件事案の争点について
本件放送の内容は、申立人らが原告となって、被申立人や番組制作会社などを相手に提起していた損害賠償請求訴訟の控訴審において、2007年1月29日、東京高等裁判所が被申立人に対して損害賠償を支払うよう命じた判決の内容を放送した際、訴訟の経過を伝え、高裁判決の内容を要約して紹介するとともに、それにつづけて「判決についてNHKは『不当な判決であり、直ちに上告した。今回の番組の編集は、政治的に公平であることや、意見が対立している問題について、多くの論点を明らかにするという放送法の趣旨にのっとって行った。判決は、番組編集の自由を極度に制約するもので到底受け入れられない』としています。」と被申立人自身の見解を紹介し、さらにアナウンサーが、「今日の判決の中で、東京高等裁判所は、この番組をめぐって朝日新聞が『政治家の圧力で改編された』と報道したことについて、『国会議員が具体的に番組に介入したとは認められない』と述べました。」と説明したうえ、さらに、朝日新聞の報道で被申立人に圧力をかけたと指摘された安倍総理大臣と中川政調会長が、政治的圧力をかけた事実がなかったことがはっきりした旨の話をする場面を放送したが、これらの放送に当たって、被申立人は、当該訴訟において対立する相手方である申立人らの意見や見解を一切伝えなかったというものである。
これについて、申立人らは、次のように主張している。第一に、政治家の介入があったと認定した判決であるという原告側弁護団等のコメントに一切触れず、報道機関である被申立人が「当事者としてのNHKの言い分」と「報道機関としての報道」とを峻別せずに、「当事者としてのNHKの言い分」を客観的な報道であるかのように報道し、ほかの見解をまったく報道しなかったこと、また、申立人らの見解については何の紹介や言及もないまま、政治介入が疑われた二人の政治家のコメントだけを放送したことは、公平・公正な取扱いに欠け、放送倫理に反するものである。
第二に、高裁判決が「一審原告らは、政治家等が本件番組に対して直接指示をし介入したと主張するが、上記面談の際、政治家等が一般論として述べた以上に本件番組に関して具体的な話や示唆をしたことまでは、証人松尾及び証人野島の各証言によってもこれを認めるに足りず、他に認めるに足りる証拠はない。」としていることについて、被申立人が「今日の判決の中で、東京高等裁判所は、この番組をめぐって朝日新聞が『政治家の圧力で改編された』と報道したことについて、『国会議員が具体的に番組に介入したとは認められない』と述べました。」と説明したのは、視聴者に朝日新聞の報道内容の是非が審理されたかのような誤解を与え、また、高裁判決が国会議員の具体的な番組介入がなかったと判断したものではないにもかかわらず、その事実を正確に伝えておらず、正確な報道を行うという放送倫理に違反している。
以下、その2点について判断する。
(2) 本件放送が公平・公正な取扱いを欠き、放送倫理に違反していたとの主張について
この点について、申立人らは、申立人ら原告側の弁護団等のコメントに一切触れず、報道機関である被申立人が「当事者としてのNHKの言い分」と「報道機関としての報道」とを峻別せずに、「当事者としてのNHKの言い分」を客観的な報道であるかのように報道し、ほかの見解をまったく報道しなかったこと、また、申立人らの見解については何の紹介や言及もないまま、政治介入が疑われた二人の政治家のコメントだけを放送したことは、公平・公正な取扱いに欠け、放送倫理に反するものである、と主張している。
実際、同じ日の午後7時の定時ニュース番組である「NHKニュース7」においては、東京高裁の判決内容を紹介した後、被申立人のコメントだけでなく、原告側の記者会見の様子も報道し、申立人らおよび原告側訴訟代理人のコメントも併せて報道していた事実がある。
これに対して、被申立人は、一般論として、訴訟の提起について報じる場合は、訴訟内容は原告の一方的な主張でしかないから、被告側の反論やコメントを合わせて紹介することが公平の観点から望ましいし、実際に被申立人もそのような扱いを原則としている。しかし、判決について報じる場合は、裁判所による客観的な判断であるから、原告や被告の言い分を付さずとも基本的に公平の問題は生じない。実際に、被申立人も判決報道では当事者の双方または一方のコメントを付さずに報道する例も少なくない。また、テレビ放送では、新たな情報やニュース素材が入ってきた場合、後の放送で当初の放送とは異なった扱いをすることは通常行われていることであって、政治家二人の談話は、「ニュース7」の放送後に入ってきたものであり、これを受けて本件放送を構成したことは通常の編集判断であって、これによって公平性に問題を生じるようなものではない、という。
しかしながら、先に見たように、被申立人自身が、自主的な倫理規範として「国内番組基準」の第1章第5項第1号において、「意見が対立している公共の問題については、できるだけ多くの角度から論点を明らかにし、公平に取り扱う。」と定めるとともに、「新放送ガイドライン」において、取材・制作の基本的な姿勢として、「意見が対立する問題を取り扱う場合には、原則として個々のニュースや番組の中で双方の意見を伝える。仮に双方の意見を紹介できないときでも、異なる意見があることを伝え、同一のシリーズ内または一定の期間内に紹介するようにする。」とし、「意見が対立して裁判や論争になっている問題については、できるだけ多角的に問題点を明らかにするとともに、それぞれの立場を公平・公正に扱う」ことを明記している。
これに加えて、本件裁判報道については、被申立人自身が裁判の一方の当事者でもあったという事案の特殊性を考慮すると、裁判報道一般について求められる公平・公正な取扱い以上に、公平・公正の点でよりいっそう慎重な取扱いが求められる事案であったというべきである。それにもかかわらず、被申立人が、裁判の相手方であった申立人らの見解に何ら触れることなく、自らの解釈だけを伝え、さらに介入が疑われた二人の政治家のコメントだけを放送したことは、被申立人自身が掲げる上記の自主的規範に照らしても、本件放送において申立人らに対し公平・公正な取扱いを欠き、放送倫理違反があったといわざるを得ない。
もっとも、放送における公平・公正の確保は、個々のニュースや番組の中で双方の意見を紹介できないときでも、番組編成全体のなかで異なる意見があることを伝え、あるいは、一定の期間内の同一番組において異なる意見があることを紹介することでも達成できると考えられる。しかしながら、先に述べたとおり、本件放送が、被申立人自身が一方の当事者となっている裁判の判決を伝えるものであったという特殊な事案であったことに加え、「ニュース7」の視聴者と本件放送の視聴者が必ずしも一致していないであろうことからすると、「個々のニュースや番組の中で双方の意見を伝えることが原則」であるといえ、可能な限り本件放送の中で申立人らの見解も伝えられるべき事案であったと判断する。
(3) 本件放送が高裁判決の内容を誤って伝えており、公平・公正を欠き正確な報道を行うという、放送倫理に違反していたとの主張について
この点について、申立人らは、本件放送において被申立人が「今日の判決の中で、東京高等裁判所は、この番組をめぐって朝日新聞が『政治家の圧力で改編された』と報道したことについて、『国会議員が具体的に番組に介入したとは認められない』と述べました。」と説明したのは、視聴者に朝日新聞の報道内容の是非が審理されたかのような誤解を与え、また、高裁判決が国会議員の具体的な番組介入がなかったと判断したものではないにもかかわらず、その事実を正確に伝えておらず、正確な報道を行うという放送倫理に違反していた、と主張している。
これに対して、被申立人は、朝日新聞の記事内容の真偽と本件訴訟の審理や判決は相互に密接な関連を有しており、朝日新聞が報じた報道内容が真実であったかどうかも社会の重大な関心事となっていたことから、高裁判決を報じるに際して、その点についても二人の政治家のコメントとともに併せて報じたもので、視聴者に裁判所の判断と朝日新聞の記事の繋がりが分かるよう補足的に説明したものであり、視聴者の理解を助けるものであったと反論している。
この点について高裁判決は、朝日新聞の記事との関係について直接触れてはいない。しかし、同判決は「一審原告らは、政治家等が本件番組に対して直接指示をし介入したと主張するが、上記面談の際、政治家等が一般論として述べた以上に本件番組に関して具体的な話や示唆をしたことまでは、証人松尾及び証人野島の各証言によってもこれを認めるに足りず、他に認めるに足りる証拠はない。」と述べているのであって、「具体的な話や示唆をしたことまでは」認められないという表現は、介入が全くなかったとまで判断したかどうかは解釈の余地のあるところであるが、同判決が国会議員の具体的な介入がなかったと判断したという解釈も十分に成り立ち得るものである。したがって、アナウンサーが、「東京高等裁判所は、……『国会議員が具体的に番組に介入したとは認められない』と述べました。」と説明したとしても、そのような解釈が誤りであるとは一概には断定できない。そのことは、申立人ら自身から提出された関連資料(資料第12号証)に採録されている高裁判決報道記事の記録を見ても、比較的多くの報道機関が、被申立人と同様に受け止め、政治家らが番組に関して具体的な示唆をしたとまでは認められなかった、番組への直接関与は認めなかったと報じていることからもうかがわれる。また、本件放送においてそのように説明したからといって、朝日新聞が国会議員の介入疑惑に関連する報道をしていた事実が存する以上、申立人らが主張するように放送倫理に違反した点があったとまではいえないと考える。
もちろん、そのことは、申立人らが主張するように、政治家による具体的な介入がなかったと判断されたものではない、という受け止め方が誤りであることを意味するものではない。しかし、高裁判決の文言がどのように解されるかについては、申立人の主張するような解釈も、被申立人の主張するような解釈も、両方が成り立ち得るのであって、被申立人の主張するような解釈が誤りであるとすることはできない。
したがって、本委員会は、本件放送が高裁判決の内容を誤って伝え、公平・公正を欠き正確な報道を行うという、放送倫理に違反していたとの申立人らの主張には、理由がないものと判断する。
3. 公平・公正を欠いた放送により著しい不利益を被ったかについて
公平・公正を欠いた放送により著しい不利益があったか否かについて、申立人らは、訴訟の一方当事者である被申立人が、自らの一方的な主張をあたかも客観的な事実であるかのように放送したことにより、申立人らの属する団体の構成員や一般市民が高裁判決の内容を客観的に理解することが著しく困難となり、本件放送により訴訟の結果についても多くの市民が誤った印象を抱いたことは、申立人らにとって耐え難い不利益であると主張している。
これに対して、被申立人は、判決内容を客観的に理解することが著しく困難になったことが申立人らの「耐えがたい不利益」であるとの主張は、何らの具体的説明もなく、実質的にも形式的にも不十分であると反論している。
しかしながら、被申立人の行った公平・公正を欠いた本件放送によって著しい不利益があったか否かを判断するに際しては、その放送がもつ社会的影響の大きさを軽視すべきではないと考える。すなわち、本件番組は、信頼性のある番組として多くの視聴者に迎えられていることは周知の事実であり、一般視聴者に与える影響も軽視できないと考える。
本件放送が公平・公正を欠き、放送倫理違反があったことは、前記認定のとおりであり、したがって、公平・公正を欠いた放送によって、著しい不利益を被ったものと判断する。
4. 結論と措置
以上のとおり、本委員会は、本件放送によって公平・公正を欠いた放送により著しい不利益を被ったとする申立人らの主張には、十分な理由があるものと判断する。被申立人に放送番組編集の自由が認められることはいうまでもなく、その自由は十分に尊重されなければならないものであるが、その点を考慮したとしても、本件放送は、意見が対立している裁判の判決を報じるものであり、かつ、被申立人自身が当該裁判における一方の当事者であったという特殊性を考慮すると、本件放送において裁判で対立する相手方である申立人らの意見に一切触れることなく、自らの解釈だけを報じたことは、申立人らに対して公平・公正を欠き、放送倫理違反があったといわざるを得ない。
ただし、視聴者に朝日新聞の報道内容の是非が審理されたかのような誤解を与えたという点については、一般の視聴者にそのような誤解を与えるものではなかったと判断でき、また、高裁判決の内容を誤って伝えているとの申立人らの主張については、判決の解釈の問題であり、被申立人が本件放送の中で行った判決の説明が誤りであったとまではいえないものであるから、申立人らが求めている訂正放送および「真摯に反省する番組の制作と放送」を認める必要はないものと判断する。
また、以上のごとき認定事実をふまえると、謝罪まで認める必要もないと判断する。
したがって、本委員会は、被申立人に対し、本決定の主旨を放送するとともに、今後は、放送における公平・公正に十分に留意し、意見が対立している問題については、できる限り多くの角度から論点を明らかにするよう、さらに十分な配慮をするよう要望する。
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